空腹は最高の調味料


 ホグワーツからホグズミードへ。ホグズミードから漏れ鍋へ。漏れ鍋からキングズ・クロス駅へ。それから9と4分の3番線をくぐり、プラットホームへ――大きなトランクを抱えながらも、こんな手間をかけて移動した理由はただ一つ。ホグワーツ特急に乗って、学校へ行くためだった。

「学校に到着したら手紙をちょうだいね」
「分かってるわよ、ママ」
「ちゃんといい子でいるのよ。何かあったらすぐに手紙を――」
「もうっ、だから分かってるってば!」

 プラットホームはすでに多くの魔法使いや魔女でごった返していた。ホグワーツに通う学生とその家族が一斉に集まるのだから仕方ないとは言え、想像以上の賑わいだ。人混みに流されないよう注意を払いながら、微笑ましいやり取りをする親子の横を通り抜け、汽車に乗り込む。ほとんどのコンパートメントはホグワーツ生で埋まっていたが、それでも最後尾の車両で空いている場所を見つけることができたのはラッキーだった。

「よいしょっ、と」

 コンパートメントに入り、上の荷物棚にトランクを置く。本来ならシオンも連れてくる予定だったけど、どうやらナイト・バスの一件で魔法使いの移動手段に不信感を抱いてしまったらしい。運び出そうとすると鳥籠の中で暴れるため、彼にはお留守番をしてもらうことにした。甘やかしてるとは思ったが、これ以上ストレスを与えて心身に影響が出るのは避けたい。

 ふと窓の外に視線をやると、見慣れた顔をホームに見つけた。ドラコ・マルフォイだ。隣にはルシウスさんと、背の高いブロンドの髪の女性が立っている。親しげな様子を見るからに、きっとあの人がナルシッサさんなのだろう。愛する息子とのお別れを惜しむように、ドラコにハグをしている。

「あの……ここ、空いてるかな?」

 ダイアゴン横丁での出来事を思い出しながらマルフォイ家を観察していたら、一人の少年がコンパートメントの入口で声を掛けてきた。背が高く、とてもハンサムな顔つきをしている。日本人の私からすると海外の人ってみんな格好良く見えるけど、そんな私でも彼が『女の子の視線を集めてしまう男の子』だということは理解できた。それくらい、端正な顔立ちだ。

「どうぞ。私も今来たばかりなの」

 そう言うと、少年はホッとしたような笑みを浮かべた。大きなトランクを持ち上げて器用に荷物棚におさめると、向かいの席に座る。……うん、やっぱりとてもハンサムだ。

「ありがとう、助かったよ。本当は友人達と合流する予定だったんだけど、全然見つからなくて……」
「困った時はお互い様だから。それに、こんなトランクを持ったまま汽車の中を移動するのは大変でしょ?」

 言いながら、荷物棚のトランクを見る。ただでさえ大きめのサイズだと言うのに、サイズだけじゃ収納力をカバーできなかったのか、外から見ても分かるくらい彼のトランクには荷物がパンパンに詰められていた。ちょっと膨れ上がってるし、何か強い衝撃を与えたら中身が飛び出しそうだ。

「服とかお菓子とか、母さんが色々詰め込んだんだ。あとでふくろう便で送ってくれたらいいよって言ったんだけど、いつ必要になるか分からないからって。あとは、箒磨きセットなんかも大量に。こっちは父さんが入れたんだけど……」

 なるほど。つまり、あのトランクには両親からの愛情がいっぱい詰まっているということか。そう思うと、持ち運ぶには少し不便そうなあのトランクも微笑ましいものになってくる。

「箒磨きセットをそんなに持っていくってことは、クィディッチの選手をやってるの?」
「うん、ハッフルパフでね。去年はハリー・ポッターの活躍が凄かったから、それを聞いた父さんが熱くなっちゃって」

 確かに、去年のグリフィンドールvsハッフルパフの試合は凄かった。と言っても、ドラコ達の喧嘩を止めるのに必死で私はあまり観戦できなかったけど。それでも、試合時間を考えるとハリーが圧倒的な飛びっぷりを見せつけたことは想像できる。

「でも、彼の技術は本当に凄かったなぁ。スニッチをあんな速さでとるなんて……僕もシーカーをやってるけど、近くで見たときは感動したよ」
「……シーカー? あなた、ハッフルパフ・チームのシーカーなの?」

 驚きのあまり、前のめりになって聞いてしまった。まじまじと顔を観察し、原作の特徴と照らし合わせる――そうだった。確か、原作内でも『背が高くてハンサム』って言ってたっけ……。私がさっきこの少年に抱いた印象そのものじゃないか。

「あの、私、ユズハ・オリベって言うの。あなたは?」
「僕はセドリック・ディゴリー。よろしくね」

 少年は爽やかな笑顔で自己紹介をしてくれたけど、その顔に見惚れる余裕はもうない。こっちは内心ハラハラドキドキだ。ハッフルパフのシーカーと聞いた瞬間からもしやもしやと思っていたが、直接本人の口からその名前が出るなんて、心臓が飛び出そうなくらい緊張している。

 セドリック・ディゴリー――この世界に来た時から『みんなの死を回避すること』を第一の目標として過ごしていたけど、それは彼の死を回避することから始まる。セドリックは、ハリーと共に対抗試合に参加して、命を落とす少年だ。大袈裟かもしれないけど、彼を救えるかどうかで私の存在理由は大きく変わってくる。けれどまさか、こんなタイミングで出会うなんて……。

「あの……、僕の顔に何かついてるかな?」

 セドリックの困ったような声に合わせて、ジリリリリ、と出発のベルの音が鳴り響いた。汽車はゆっくり動き出し、徐々にスピードを速めて線路の上を走っていく。

「あ、ごめんなさい。セドリックってすごく格好良いなぁと思って」

 不自然な言い訳にならないよう、言われ慣れていると思った言葉を選んでみたけど、どうやらそうでもないらしい。セドリックはますます困ったような顔を浮かべて、口をもごもご動かした。

「気を悪くさせちゃったかな?」
「う、ううん、違うんだ。ただ、こういう時なんて言えばいいのか分からなくて……」

 セドリックの周りにいる女の子は奥手な子が多いのかな。これだけハンサムなら、そういうアプローチがあってもおかしくないのに。と思わず言いかけたが、また困らせることになりそうだし、その言葉は心の中にとどめることにした。

 それからしばらくして、窓の外が都会の風景から緑の田園風景に変わった頃、車内販売の魔女がコンパートメントの戸を開けて何かいるものはないかと聞いてきた。ちょうど小腹も空いていたため、大鍋ケーキとかぼちゃパイを購入し、商品を受け取ったその時――

「何だろう、あれ」

 セドリックの怪訝そうな声が耳に届いた。振り返り、彼の視線の先を見る。そこには、鮮やかなトルコ石色の車が一台、上下に揺れながら空を走るという何とも奇妙な光景が広がっていた。

「うわぁ、すごい……」

 映画で繰り返し何度も見たシーンを、実際この目で見られるなんて……興奮のあまり今すぐにでも叫びたい気分になったが、セドリックのやや硬くなった表情を見たらそんな気持ちも萎んでいってしまった。

「汽車に衝突でもしたら大変だ……マグルに見られる可能性だってあるのに……」

 他のコンパートメントからは「すごい!」やら「格好良い!」などという称賛の言葉が聞こえてくるのに、セドリックの口から告げられたのは優等生らしい言葉だった。映画で見た光景だ、と盛り上がってしまった自分が少し恥ずかしくなる。

 それから数分後。汽車の上を走っていた車は上昇し、雲の上へと消えてしまった。しかし姿が見えなくなっただけで生徒達の興奮が冷めるはずもなく、車内はしばらく『空飛ぶ車』の話題で持ち切りだった。いったい誰が飛ばしているのか、どこに向かってるのか、なぜ箒じゃなくて車なのか。様々な憶測が飛び交うなか、そのうちあれはホグワーツに向かってるんじゃないかという噂――まあ、正解なんだけど――まで広がってしまい、汽車の中はちょっとしたお祭り騒ぎだ。面白おかしく騒ぐ生徒達を大人しくさせるため見回りの監督生が注意していたようだが、効果はあまり無かったようで、騒ぎはホグズミード駅に到着するまで続いた。

 
 ***

 
「イッチ年生はこっちだ! 俺に着いてこい!」

 暗くて狭いプラットホームの向こう端で、ハグリッドが新入生を引率する声が聞こえてくる。不安そうな顔を浮かべる子、これからの学校生活に目を輝かせている子と、新入生の反応は様々だ。

 そんな1年生達の流れとは別に、2年生以上の生徒はみんな馬車道に出て馬の繋がれていない馬車に乗り込んでいた。無事に友人を見つけたセドリックとは別れ、そばにあった馬車に乗り込み扉を閉める。私で定員に達したのか、馬車はそのままガタゴトと走り始めた。

「ユズハ?」
「ハーマイオニー!」

 聞き慣れた声に名前を呼ばれたと思ったら、何とハーマイオニーも同じ馬車に乗っていた。ざっと100台はある馬車の中からこうして再会するなんて、とっても嬉しい偶然だ。

「ダイアゴン横丁以来だね」
「え、ええ……」

 何か気になることがあるのか、ハーマイオニーの返事には元気がなかった。そわそわしていて目も泳いでいるし、反応がいつもの彼女らしくない。

「ユズハなら知ってると思うけど……ハリーとロンが見当たらないの。それにほら、途中で空を飛んでる車が発見されたでしょう? フレッドとジョージが、あの車は家の車だって言ってて……だから私、もしかしたらあの二人が……」

 揺れる馬車の中でハーマイオニーが吐き出したのは、友達を心配する思いだった。もちろん、ただ見つけられなかっただけならここまで不安になることもなかっただろうけど、今回は『空飛ぶ車』が目撃されている。加えてフレッドとジョージの発言。賢いハーマイオニーなら、いや、ハーマイオニーじゃなくても予想はつく。あれに乗っているのが、ハリー・ポッターとロン・ウィーズリーだということは。

「私、未来については嘘をつきたくないから正直に言うけど……車に関してはハーマイオニーの予想してる通りだよ」
「そんな!」

 ハーマイオニーの顔が一瞬にして青ざめた。

「それじゃやっぱり……ああ、なんてこと! マグルに見られたらどうしましょう……それに、下手したらホグワーツを退学になるかもしれないのに、どうしてそんなこと……!」

 怒りと呆れと心配と。ハーマイオニーの声には色んな感情が見え隠れしていた。ハリー達にも事情があると言えど、「壁をすり抜けられなかった」という説明だけじゃ彼女は納得しないだろう。ハーマイオニーなら、ウィーズリー夫妻が戻ってくるのを待つかふくろう便を飛ばすかして大人に頼ったと思うし……まあ、間違っても車を飛ばすなどという無茶はしない。

 ハーマイオニーの顔は、ホグワーツ城に近付くにつれ険しくなっていった。車の噂話を耳にするたびピリピリした空気を纏い、それを称える声があれば呆れたように溜め息をついた。真面目な彼女からすれば、あんな無茶苦茶な行動が褒め称えられるなんて、受け入れ難い事実だろう。

 大広間に到着してもハーマイオニーの怒りはおさまらず、むしろますます溜まっているようにも見えた。この様子じゃ、ハリー達はあとでカンカンに怒られるだろう。その場面を想像しながらハーマイオニーと別れると、私はスリザリンのテーブルに向かった。

「わあ。クラッブとゴイルってば、また逞しくなったんじゃない?」

 最後に見た時よりさらに立派になった体を見ながら、二人の前に座る。私の言葉にクラッブとゴイルはチラリとこちらを見たが、彼らの興味はすぐにテーブルの上の大皿に移ってしまい、食べ物が現れるのを今か今かと待っていた。2年生になっても二人は相変わらずのようだ。

「ドラコも、久しぶりだね」

 クラッブとゴイルは話し掛けても大皿から目を移してくれそうにもないし、今度は二人の隣にいるドラコに声を掛けてみた。

「ダイアゴン横丁で会っただろう」
「それからまた時期が空いたんだし、久しぶりでもいいと思うけど。ルシウスさんは元気?」
「……オリベに教える必要はない」
「フローリシュ・アンド・ブロッツ書店で握手をした仲じゃん」
「それは……!」

 いつもは言いたいことを言って相手の心をグサグサと刺すのに、こんな風に言葉をのみこむドラコは珍しかった。そう言えば、ルシウスさんと話していた時の様子もおかしかったっけ。

「……ドラコって、私がマグル出身だってことルシウスさんに言ってないでしょ」

 推測だったが、自信はあった。げんにドラコはぎょっとしたような表情を浮かべたのだから、図星なのだろう。

「やっぱり。おかしいと思ったんだよね、ルシウスさんがああやって握手を求めるなんて。いくら私が未来を知る特殊能力持ちでも、マグル生まれの手を取るような人には見えないし……」

 グレンジャー夫妻に向けた目を、私は忘れていない。あの時のルシウスさんは大人として取り繕うことを一切せず、心の底から汚いものを見るかのような目でグレンジャー夫妻を見ていた。マグルとは違って魔法が使えるとは言っても、所詮は『穢れた血』なのだ。あんな友好的な笑みを浮かべて握手をするなんて、普通じゃ考えられない。

「それに、ドラコのあの態度。どこからどう見ても『後ろめたいことがあります』って自白してるようなものだよ」
「うるさいっ。あれは仕方なかったんだ。まさか父上と君が会うなんて思ってもなかったから……」
「可愛らしいお嬢さん、だって」
「あ、あんなのお世辞に決まってるだろう!」
「へえ。それってつまり、ルシウスさんにとって私はお世辞を言うのに値する人間ってことでしょ?」
「っ…………この夏休みで口を鍛えてきたみたいだな」

 悔しそうなドラコの顔を見て、少しスッキリ。今までは彼の嫌味のレパートリーに感心するだけだったが、ちょっとは応戦できるようになったみたいだ。

 ちょうどその時、マクゴナガル先生が新入生達を連れて大広間に入ってきた。いよいよ組分けの儀式が始まるらしく、懐かしの組分け帽子がスツールの上で歌っているのが聞こえる。一年前、頭に被りきる前に私をスリザリンへ導いたあの帽子。今でもスリザリンに組分けされた理由は分からないけど、スネイプ先生から虐められることはないしドラコともチョコレートを貰えるくらいには仲良くもなれたし、なんやかんやでスリザリン生として充実した学校生活は送れているのだから不満はない。

 帽子が歌い終わると、大広間には拍手の音が鳴り響いた。そして一人目の新入生が呼ばれ、その少女がレイブンクローに選ばれたところから儀式はスタートする。

「別に、隠すつもりはなかったんだ」

 順調に新入生の組分けが進んでいくなか、新たな学友を迎えるハッフルパフ生達の拍手に紛れてドラコの声が聞こえてきた。しかし、頼りげなく紡がれた小さな声は、意識を集中させなきゃ歓声と拍手に飲み込まれてすぐに聞こえなくなってしまうだろう。もう一度言ってとお願いして素直に聞き入れてくれるとも思えないし、私は全意識をドラコに向けることにした。

「最初はただ、ホグワーツでの生活を綴った近況報告の手紙だった。君の名前は確かに書いたが、未来予知だとかいう胡散臭い能力をひけらかす生徒がいると説明しただけで、興味深い内容を送ったつもりはない――だけど、父上の目にはそうは映らなかったらしい」

 そりゃあそうだろう。闇の帝王を失脚させた男の子の未来を知っているなんて、死喰い人として活動していた人間なら興味を持ってもおかしくはない。それが恐怖心から誓った偽りの忠誠だったとしても、敵に回すよりかは味方に付けた方が何かと利がある。

「父上が君の話を聞きたがるから手紙に書いて、そのうち母上も、僕が女性の話をするなんて珍しい、一度会ってみたいと言い始めて……」
「――なるほど。それで言いそびれたってわけね」

 それならフローリシュ・アンド・ブロッツ書店でのあのやり取りも納得だ。すべては父上の期待に応えるため。なんて健気なんだろう。普段は嫌味や皮肉ばかり言ってるくせに、こういう子どもらしい一面もあるから憎めない。

「ドラコはご両親に信頼されてるんだね」
「……は?」
「だって、ルシウスさん達は私が純血だって信じてるんでしょ? 調べればすぐにマグル生まれだって分かりそうなのに……ドラコが黙ってるだけでそう思うってことは、マルフォイ家の息子として間違いは犯さないって信じてる証拠じゃん」

 子どもを無条件に信じてくれるなんて、愛に溢れたご両親だと思う。ドラコ自身、両親に愛されてる自覚はあるのだろう。だからこそ父親を尊敬し、母親を大切に思い、マルフォイ家の人間に生まれたことを誇りに思っているのだ。

「……その反応は予想外だったな」
「そう?」
「隠していると知ったら、君は怒ると思っていた」

 私にはドラコのその言葉こそが予想外だった。
 別に私は心が広い人間ってわけじゃないけど、少なくとも、この世界に来てから真剣に怒ったことはない。どちらかと言えば、パーキンソンに言われた通り『受け流す』っていう姿勢を見せていたはずなのに……どこから『怒る』というイメージが来たんだろう。

「以前言ってただろ、生まれを馬鹿にするのはやめろと。君は出自に対して何か思い入れがあるみたいだったから、それを隠したことで機嫌を損ねると思ったんだが……」

 そこまで繊細にはできてないようだな、と最後にいらぬ言葉を付け足すと、ドラコは鼻で笑った。

「そんなことでいちいち腹立ててたら、ドラコと友達にはなれないよ」
「なった覚えはない」
「世の中黙ってた方が都合がいい事もあるし、友達の名誉のためにマグル生まれだってことは隠しておくね」
「だから、友達になった覚えはないと言ってるだろう」
「あ、組分けが終わったみたい。そろそろご飯の時間かな。私もうお腹ペコペコで……」
「君は人の話をまともに聞いたら死ぬ呪いにでも掛かってるのか?」

 友達じゃないと全力で否定するドラコのことは無視して、私はそろそろ現れるはずのご馳走に胸を膨らませていた。しかし今年はあのギルデロイ・ロックハートが就任する年。そう簡単にご馳走にありつけるわけもなく――

「この私が皆さんに教える授業は、生半可ものじゃありません。シレンシオではバンシーに太刀打ちできませんし、インセンディオで雪男を退治するのも難しい……これらの恐ろしい怪物と向き合うには、もっと強大でもっと危険な呪文――いや、いや、これ以上はやめておきましょう。もしかしたら私の本を読んでない生徒もまだいるかもしれませんからね。ここで楽しみを減らしてしまうなんて、そんな野暮なことはしません。私の役目は――」

 新任教師の紹介の時、こんな調子でずーーっと演説をするものだから、数十分は空腹と戦うことになった。確かにロックハート先生はハンサムだし身振り手振りも様になっていて美しいし、声もよく通る。舞台役者になったら大成功をおさめたかもしれない。けれどここは舞台の上じゃなくてホグワーツの大広間だし、私達は観客じゃなくてお腹を空かせた生徒。ロックハート先生の言葉を一言一句逃すまいと熱心に聞いている女生徒も多くいたが、花より団子の私にはご馳走の方が待ち遠しかった。

 ようやくお皿に料理が現れた時にはもう我慢の限界で、行儀が悪いと思いつつも私は目の前のローストビーフを勢いよくかき込んだ。それをかぼちゃジュースで胃に流し込み、腹の虫を鳴きやませていく。

 この日食べたローストビーフが、19年の人生でもっとも美味しいローストビーフになったことは言うまでもない。



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