手紙とテストと写真と


「車を盗み出すなんて、退校処分になっても当たり前です!!」

 トーストにジャムを塗っていると、グリフィンドールのテーブルから聞き覚えのある女性の怒鳴り声が聞こえてきた。その迫力は凄まじいもので、音の振動でテーブルの上のお皿やフォークがガチャガチャと揺れるほどである。天井からパラパラと舞う埃は近くの女生徒のゴブレットに落ちていき、その隣に座る少女はあまりの大声に耳を塞いでいた。スリザリンのテーブルでもこんな状況なのだから、あっちの被害は相当のものだろう。

「あれって吠えメールでしょ? やっぱり、昨日の騒ぎってポッター達の仕業だったんだ」

 耳を塞ぐ少女が、迷惑そうにグリフィンドールのテーブルを睨みつけながら言った。彼女の名前はハリエット・エイブリー、私のルームメイトだ。その横で食事を続ける少女はベル・フィンフィールド。彼女もまた私のルームメイトだけど、正直この二人とは会話らしい会話をしたことがないので、どんな性格なのかとか何が好きなのかとか、そういったことはほとんど知らない。原作でも見掛けたことがない正真正銘の初めまして。一年寝室を共にして得た情報は、エイブリーは聖28一族に名前を連ねるエイブリー家の娘であることと、二人はホグワーツ入学前から交流があるということだけだった。

「マグルにも目撃されたって新聞には書いてあったけど、あんなことをしておいて退学にならないなんて……ダンブルドアのポッター贔屓は相変わらずね」
「校長先生、よ。ハリエット。どこで誰が聞いているのか分からないんだから、その態度は感心しないわね」
「ベルはお行儀良すぎなのよ。あの土壇場でのぶっ飛び加点を忘れたの?」

 そう言うと、エイブリーはダンブルドア先生に対する不満を語り始めた。ホグワーツ始まって以来の最悪の校長だとか、自分がグリフィンドール出身だから彼らを贔屓してるんだとか、話せば話すほどその口調は荒々しくなっていく。老いぼれジジイと言ったところでフィンフィールドが再び諌めたが、彼女のぼやきは止まらない。

「私もハリエットの意見に賛成ね」

 エイブリーの熱弁を聞きながらトーストを咀嚼していると、パーキンソンがグリーングラスと一緒にスリザリンのテーブルにやって来るのが見えた。ようやく現れた賛同者に、エイブリーはどこか満足げな表情を浮かべている。

「ダンブルドアだけじゃないわ、マクゴナガルの贔屓だって相当よ。まだ新学期が始まってなかったからって、減点対象にもならないらしいもの」
「なにそれ! そんなふざけた話ある!?」
「ハリエット、いい加減にしてちょうだい! 隣でキーキーキーキー鳴かれたら、せっかくの朝食が台無しよ」

 フィンフィールドがあまりにはっきり言うものだから、エイブリーはたちまちしゅんとしてしまった。先ほどの威勢はどこへやら。飼い主に怒られた子犬のようで、とても可愛い――と思っていた矢先。

「そんなの、あの子がいる時点で台無しじゃない」
「え、私?」

 エイブリーが私を指さした。……前言撤回。このなすりつけはちょっと可愛くない。

「私、何もしてないけど」
「穢れた血がそばにいるってだけで気分悪いのよ」
「あー……そういうこと」

 どうやらハリエット・エイブリーは立派な純血主義らしい。まあ聖28一族に名前があがるくらいだから、薄々そうなんだろうなぁとは思ってたけど。ダンブルドア先生への物言いといい今の発言といい、彼女はドラコによく似ている。

「――ハリエット、その言葉を使うのはやめなさい」

 先ほどよりもさらに厳しく、フィンフィールドはエイブリーを咎めた。『穢れた血』という言葉は、私が思っている以上に重たい意味を持つようだ。普段は私のことをマグル生まれだとバカにするあのパーキンソンでさえ、遠慮なく告げられた言葉には少し驚いたように目を見開かせている。

「あら、ハリエットは悪くないわよ」

 唯一、グリーングラスだけがエイブリーの味方についた。

「パパとママが言ってたわ。マグル生まれが私達純血と同じように扱われるなんておかしいって。私、彼女はここにいるべきじゃないと思う」

 す、すごい……ここまで差別意識を向けられたのは生まれて始めてだ……。しかも、悪意なく至極当然と言わんばかりの口振りだから恐ろしい。ドラコなんかはそれが相手を傷つけると分かった上で最大限の侮辱として使っているけど、グリーングラスはそれすら意識していない。ここまでくるともう清々しいくらいだ。

「いつもならグリフィンドールのテーブルで朝食を食べてるのに。あっちのお友達にもとうとう嫌われちゃった?」
「心配しないで、明日からはいつも通り向こうで食べるから。ただ今日は――」

 ちょうどその時、スネイプ先生が時間割を配り始めているのが見えた。同学年の生徒からはなぜかブーイングが上がっていたが、理由はすぐに判明する。受け取った時間割を確認すると、一番最初の授業が魔法史になっていたのだ。ようやく杖が振れると思ったらまさかの座学。しかも、ホグワーツで最も退屈と言っても過言ではない授業だ。あの反応になるのも頷ける。この世界の魔法史を知ることはハリポタの世界をより詳しく知れることだから、私はとても好きだけど。

「2年生始まっての授業が魔法史とはね」
「でもその後は闇の魔術に対する防衛術だわ。楽しみね」

『穢れた血』についてはもうどうでもいいのか、エイブリー達は新しく配られた時間割に夢中になっていた。なかでもロックハート先生は特に注目されていて、あんな輝かしい功績を残している魔法使いが一体どんな授業を開くのか、それぞれの予想を言い合っている。去年のクィレル先生の授業が期待外れだったぶん、生徒達はロックハート先生の授業をとても楽しみにしているようだ。

 隣で交わされる色んな予想を聞きながら、最後の一口となったトーストを飲み込む。お目当ての時間割は手に入れられたし、お腹もじゅうぶんに満たされた。膨れたお腹をさすりながら席を立つと、教科書を取りに行くため、私は大広間をあとにした。

 
 ***
 

 最初の授業で学んだのは、ゴドリックの谷のことだった。ビンズ先生の声は相変わらず眠気を誘うもので真面目に話を聞いている生徒もほとんどいなかったけど――隣の女生徒なんか、ロックハート先生の教科書を読んでいたくらいだ――、私にとってはとてもわくわくする授業内容だった。だってゴドリックの谷と言ったら、原作内でも登場した重要な土地だ。教科書には書かれていないけど、ハリーが幼少期を過ごした大切な土地でもある。

 ビンズ先生は、ゴドリックの谷の歴史とこの場所には呪われた噂があるということを教えてくれた。ゴドリック・グリフィンドールの生まれ故郷だと語った時、何人かの生徒は嘲笑したけど、ビンズ先生は構わず授業を進めていく。楽しすぎて羊皮紙には習っていない内容も書き込んじゃったけど、もしゴドリックの谷についてレポートを書けと言われたら、私は何メートルの長さでも提出できるだろう。

 終業のベルが鳴ると、生徒は一斉に談話室に戻って闇の魔術に対する防衛術の教科書を取りに行った。既に用意された時間割を確認すれば持ち歩くべき教科書も分かるのだけど、何せこの授業はそれが七冊もある。そんな大量の本、よほどの熱心なファンじゃなきゃ持ち歩かない。

「『週刊魔女』五回連続チャーミング・スマイル賞――こんな賞が、闇の魔術に対する防衛術の何の役に立つって言うんだ」

 ロックハート先生のクラスに向かう途中、ドラコがそうボヤいたのが聞こえてきた。自分の分の教科書はクラッブとゴイルに持たせて、悠々と歩いている。その隣を歩くパーキンソンはドラコに同意するように頷いていたけど、私は知っている。今朝エイブリー達と一緒になってロックハート先生を褒め称えていたのを。

 教室に入ると、既に何人かの生徒は着席していた。彼を慕う女の子は前列に、初日の自己紹介でうんざりしている男の子は後列にと、とても分かりやすい構図ができている。パーキンソンは前の方にいるエイブリー達を名残惜しそうに見てから、ドラコと一緒に一番後ろの席へと座った。どうやらロックハート先生への興味よりもドラコへの恋心が勝利したみたいだ。そんなパーキンソンの横を通り過ぎ、私は一番前の席へと座る。

「やあ、皆さん! この私の授業を一番最初に受ける幸運なる生徒諸君! 私がギルデロイ・ロックハートです」

 ベルの音ともに、ロックハート先生が両手を広げて仰々しく教室に入ってきた。相変わらず大袈裟な口振りだけど、やっぱり顔はとてもハンサムだ。

「今日は皆さんにちょっとしたミニテストを用意しました。ああ、テストと言っても心配ご無用。私の本を読んでいれば、いとも簡単に答えられる問題ばかりですからね」

 そう言うと、先生はテスト用紙を配り始めた。時間は30分、全部で54問。一問に一分も掛けられないなんてどう考えても厳しい時間制限だけど、ロックハート先生はお構いなしにテスト開始の合図を告げる。

「よーい、はじめ!」

 
1 ギルデロイ・ロックハートの好きな色は何?
2 ギルデロイ・ロックハートの密かな大望は何?
3 現時点までのギルデロイ・ロックハートの業績の中で、あなたは何が一番偉大だと思うか?

 
 テスト用紙には見覚えのある問題がずらりと並んでいた。すべてがロックハート先生に関する問題。分かっていたはずなのに、改めて見るとシュールだ。ただ、分かっていたとは言え答えをすべて覚えているかどうかは別問題で、自信満々に答えられたのはたったの一問――好きな色がライラック色だということだけだった。こんなことならもっと原作を読み込んでおけばよかった……せめて夏休みの間にきちんと先生の本を読んでおけば、もっとしっかり答えられたかもしれないのに。一行目から「私、ギルデロイ・ロックハートの人生は――」から始まり、二行目にも三行目にも「ギルデロイ・ロックハート」の文字が並ぶから、お腹がいっぱいになって読むのをやめた過去の自分を叱りたい。

 結局、このテストを満点で答えられた生徒はこのクラスにはいなかった。高得点をたたき出したベル・フィンフィールドですら、あと20点を逃している。クラッブとゴイルに至っては白紙で提出したらしく、ロックハート先生はとても残念がっていた。

「さて、本日の授業ですが……本来ならここには、とても危険な生物がいるはずでした」

 ヒッと、誰かが小さく悲鳴をもらした。

「おっと、怯える必要はありませんよ。私がそばにいる限り、君達の安全は保証されていますからね」

 悲鳴が聞こえた方向に、ロックハート先生は優しく微笑みかける。

「今の君達がどれほどの魔法を知っているのか、それを知ろうと思いまして。ただ、ほんの少しの手違いでまだこちらには来ていないようだ――」

 わざとらしく、ロックハート先生はやれやれと首を振りながら言った。

「私がここに来たとき皆さんには幸運な生徒と言いましたが、撤回せねばなりませんね。あの危険な小悪魔をどう扱うべきか……それを確認する機会を、君達は見失ってしまったのだから」

 多分、ロックハート先生が言っているのはピクシーのことだろう。まだ届いていなくて良かったと、心から思う。命の危険が晒されることはないにしても、怪我をする可能性は否定できないのだから。

 初回の闇の魔術に対する防衛術の授業は、ロックハート先生の大演説で終わりを迎えた。呪文を学ぶこともなく、杖を振ることもなく、ギルデロイ・ロックハートが遭遇した危険な生物とその戦い方について聞かされるなんて、これじゃクィレル先生の方がまだマシな授業をしてくれてたんじゃないかと思う。

 午前の授業が終わると、ホグワーツの生徒は大広間に集まって昼食をとっていた。新学期早々の授業について、それぞれが思い思いに話している。夏休みに魔法が使えなかったぶん、ここで思い切り杖が振れることを喜んでいるようだった。

 ただし、さっきまでロックハート先生の授業を受けていたスリザリンの2年生だけは他の生徒達と様子が違った。ストレスが溜まっているのか、せっかくのお昼ご飯だと言うのに顔が死んでいる。……まあ、無理もないか。ただでさえ退屈な魔法史を1限目に迎えていたのに、それを乗り越えてからの次の授業がアレとなると、精神力はゴリゴリ削られたはずだ。

「ユズハ!」

 昼食を済ませて談話室に戻ろうとした時、ハーマイオニー達から声を掛けられた。これから三人一緒に中庭で昼休みを過ごすらしく、私も一緒に行かないかと誘ってくれたのだ。もちろん、断る理由なんてないから二つ返事で頷いた。外は生憎の曇り空だったけど、ハリーやロンやハーマイオニーと過ごせる時間はどんな天気だってわくわくする。

「ねえ、ユズハ。ロックハート先生って素敵だと思わない?」

 石段に腰掛けてロックハート著者の「バンパイアとバッチリ船旅」を開きながら、ハーマイオニーが頬を赤らめて聞いてきた。たちまち、ロンが「げーっ」と顔を歪ませたのが見えたけど、ハーマイオニーは気にしていない様子だ。と言うか、無視を決め込んでいる。

「う、うーん……まあ、ハンサムだよね。すっごく」
「それだけじゃないわ! 先生はとっても優秀な魔法使いなのよ」

 忘却魔法の腕前を考えたら、その評価もあながち間違いではないのかもしれない。たくさんの本を読んできているハーマイオニーを虜にする文才は素直に凄いと思うし、行き過ぎた自己顕示欲さえ持たなければ、もしかしたら何か名前を残すような魔法使いになっていた可能性だってある。だけど、それでも、ロックハート先生を「優秀な魔法使い」と言うハーマイオニーの言葉には同意しかねた。

 さて、穏便に済ませるためにはどう返事をすればいいのだろう。「個性的な先生だと思う」なのか、「立ち居振る舞いは優雅だよね」なのか……。
 適切な返答をあれこれ考えているうちに、一人の少年がこちらに近付いてきた。手にはしっかりカメラを掴んでいて、顔を真っ赤にしながらハリーを見つめている。

「ハリー、元気? 僕――僕、コリン・クリービーと言います。僕もグリフィンドールで。あの――もし、かまわなかったら――写真を撮ってもいいですか?」

 コリンと名乗った少年は、カメラを持ち上げて遠慮がちに頼んだ。予想外のお願いにハリーは戸惑っていたようだったけど、本物のハリー・ポッターに出会えた感動を噛み締めているコリンには、その戸惑いも伝わっていない。

「僕、あなたに会ったことを証明したいんです。あなたのことはなんでも知ってます。みんなに聞きました。それに、あなたのことも」
「私?」

 今度は私が戸惑う番だった。コリンがハリーの熱狂的ファンだということは知っていたけど、まさか私のことも聞いていたとは。

「ハリー・ポッター。『例のあの人』に殺されそうになったけど、額に稲妻の傷を作っただけで生き残った少年。ユズハ・オリベ。そんな生き残った少年の未来を知る人。僕、僕――感激です。まさか二人一緒にいるところに出会えるなんて――」

 こんな熱烈な視線を向けられるなんて、有名人にでもなった気分だ。きらきらと輝くコリンの瞳はとても純粋で、カメラを向けられても悪い気はしない。急激な手のひら返しをするようで情けないが、ロックハート先生の気持ちが少し分かったような気がした。

「あなた達の友達に撮ってもらえるなら、僕がお二人と並んで立ってもいいですか? それから、写真にサインしてくれますか?」

 コリンは、懇願するような目でハリーと私を見つめている。
 可愛い。とても可愛い。丁寧な物言いと素直な性格には好感が持てるし、こんな弟がいたら毎日でも一緒に写真を撮るだろう。サインだって入れちゃう。

「サイン入り写真? ポッター、君はサイン入り写真を配ってるのかい?」

 そんな想像に浸っていると、コリンとはまったく異なる痛烈な声が聞こえてきた。ドラコだ。

「みんな、並べよ! ハリー・ポッターがサイン入り写真を配るそうだ!」

 クラッブとゴイルを両脇に従えて、ドラコはコリンのすぐ後ろに立ち止まった。大声で呼び掛けるものだから、ドラコの周りにいるスリザリン生だけではなく、今や中庭にいる半分以上の生徒が興味深げにこちらを見ている状態だ。

「僕はそんなことしていないぞ。マルフォイ、黙れ」

 ハリーが拳を握りしめて言い返すが、ガタイのいいクラッブとゴイルを従えたドラコがそれで引くはずもなく、むしろニヤニヤと笑ってハリーの反応を楽しんでいるようだった。

 しかし、コリンの言葉にだけは動揺を見せる。

「君、ヤキモチ妬いてるんだ」
「妬いてる?」

 ドラコの顔が強ばった。口をパクパクと動かし、信じられないものを見たと言わんばかりの目でコリンをじろじろ見ている。しかしそれもつかの間。すぐにいつもの高慢な態度に戻ると、ハリーの額を見て嘲笑した。

「何を? 僕はありがたいことに、額の真ん中に醜い傷なんか必要ないね。頭をかち割られることで特別な人間になるなんて、僕はそう思わないのでね」
「ナメクジでも食らえ、マルフォイ」

 今度はロンが言い返したが、やはりドラコには効いていない。

「言葉に気をつけるんだね、ウィーズリー。これ以上いざこざを起こしたら、君のママがお迎えにきて学校から連れて帰るよ」

 今朝の吠えメールを思い出したのか、ドラコは甲高い声で「今度ちょっとでも規則を破ってごらん」とウィーズリー夫人の下手な物真似を披露した。それを聞いた近くのスリザリンの上級生達が、声を上げて笑っている。

「ポッター、ウィーズリーが君のサイン入り写真が欲しいってさ。ああ、今ならオリベの写真もついてくるな――生き残った少年と未来を知る少女。ウィーズリーの家一軒分よりも価値があるんじゃないか?」
「わあ。それじゃ、私とハリーのサイン入り写真を売れば家が買えるってこと?」
「……君は皮肉っていうものを知らないみたいだな」

 ドラコが呆れたようにため息をついた時、その後ろでロックハート先生がトルコ石色のローブをなびかせながらこちらに歩いてきているのが見えた。

「サイン入りの写真を配っているのは誰かな?」
「あの、それは――」
「聞くまでもなかった! ハリー、また逢ったね!」

 ハリーの言葉は遮られ、代わりにロックハート先生の陽気な声が中庭に響き渡る。その間に、ドラコはニヤニヤしながら人垣の中へと消えていってしまった。教師がいては表立って突っかかっていくことも出来ないからだろう。人の隙間にするりと入り込み立ち去る姿は、まるで蛇のようだ。流石スリザリン。

「さあ、撮りたまえ、クリービー君。二人一緒のツーショットだ 」
「え、でも僕、彼女とハリーの……」
「遠慮はいらないよ。あとで君のために二人でサインもしてあげよう」

 そう言うと、ロックハート先生はハリーの肩に腕を回しカメラに向かって微笑んだ。白い歯をきらりと輝かせ、手を振るというサービス付きだ。それでもコリンはまだ何か言いたげな表情で私とハリーを交互に見ていたが、ロックハート先生がいつまでも手を振り続けるものだから、とうとう諦めてシャッターを押した。

 と、ちょうどその時。午後の授業の始まりを告げるベルが鳴った。中庭にいた生徒達は一斉に散り散りになり、ロックハート先生もハリーの肩に手を回したまま城の方へと歩いて行く。

「生徒にサイン入り写真を配る先生が素敵だって?」
「ロン! ロックハート先生はきっと、ハリーを庇ってくれたのよ。あのままじゃハリーはマルフォイのせいで、サインを配る目立ちたがり屋だと思われてたわ」
「おいおい、あいつの言葉を信じるバカなんてスリザリンのお仲間くらいだろ――あ、いや、ユズハは別だぜ。君はちゃんと『分かってる』スリザリンだ」
「ありがと、ロン」

 正直、スリザリンだとかグリフィンドールだとかで個人をはかるのはナンセンスだと思うけど、ドラコのあの態度や取り巻き達の反応を見ていたら、ロンがこう言いたくなる気持ちも分かる。今朝のエイブリー達にしたって、嫌いなら嫌いで放っておけばいいのに……みんな、人の嫌がることは進んでしましょう精神でも掲げているのだろうか。2年生になっても、この性質は理解しづらい。

「ロン、行きましょ。ロックハート先生の授業に遅れちゃう――ユズハも、急いだ方がいいわよ」
「そうだね。それじゃ、またあとで!」

 ロンとハーマイオニーと別れると、私は急いで呪文学のクラスへと向かった。
 夏休みの間、ホグワーツを探検しといて良かった。おかげで近道は頭の中に入っているし、隠し通路を使ってショートカットをすることも可能だ。ただ、人が滅多に通らないからか掃除が行き届いておらず埃臭いのが難点だけど――どんなに始業ベルぎりぎりだったとしても、遅刻をしないというのはとてもありがたかった。




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