ハロウィン・パーティー


 ハロウィンが近付くにつれ、校内の飾り付けは煌びやかなものになっていった。大広間では生きたコウモリが天井を飛び交い、くり抜かれた巨大なかぼちゃは提灯となって壁をゆらゆら照らしている。ホグワーツに入学して間もない1年生は、日に日に増えていくその飾り付け達に目を輝かせていた。

 去年の自分もあんな顔をしていたんだなぁって思うと、懐かしさが込み上げてくる。当日はトロール騒ぎでご馳走もまともに食べられなかったけど……でも、今年はそうならない事を私は知っている。2年目の事件はハロウィン・パーティーが終わったあとに発覚するし、ひもじい思いはしなくてすみそうだ。

「このランプはこっちでいいの?」
「ええ、ありがとう。あとは、そうね……この骸骨も飾ってみましょ」

 談話室では、3年生以上の女の子がハロウィンの装飾に夢中になっていた。どうやらホグズミードで大量のオーナメントを購入したらしい。大広間ほど本格的ではないものの、歌うかぼちゃやそれに合わせて踊る骸骨、壁を這って時たま「HELLOWEEN」の文字を綴る蜘蛛達――ロンが見たら卒倒するかもしれない――などなど、様々な飾り付けが施されていく。テーブルにはお菓子が入ったカゴが置いてあり、「ご自由に!」というメモ書きまで添えられていた。ホグズミードに行けない1年生や2年生は、嬉しそうにそれらを選んでいる。食べることが大好きなクラッブやゴイルにいたっては両手に抱えきれないほどの量を取って上級生に叱られていたが、それでもいくつかの戦利品はローブの下に隠し持っていたようで、いつも陣取っている席には様々なお菓子が積まれていた。

「百味ビーンズ、蜂蜜爆弾ケーキ、七色キャンディ、蛙チョコレート、砂糖ネズミ菓子……よくこんなに取ってきたね」

 私の声は聞こえてないのか、それとも食べる事に夢中で構う余裕もないのか、二人からの返事はない。まあ、いつものことなんだけれど。時々こうやって話し掛けても、クラッブやゴイルから何か言葉が返ってきたことは一度もなかった。パーキンソン達のように悪意を向けてくるわけでもないから、多分本当に私に興味がないのだろう。ハリーの未来を知るとか、マグル生まれとか、それすらどうでもいいらしい。彼らと一緒にいると、例えそのほとんどが憎まれ口だとしても、会話をしてくれるパーキンソンやドラコの方が可愛く見えてきた。興味を寄せられないというのは、案外つらいものである。

「骸骨舞踏団が来るって本当!?」

 クラッブとゴイルの食べっぷりを眺めながらそんな事を考えていると、女子生徒の声が談話室に響いた。視線をそちらにやると、三人ほど女の子が固まって、何やら嬉しそうに話しているのが見える。

「あくまで噂だけど、ダンブルドア校長が余興に呼んだらしいわよ」
「本当なら今年のハロウィンは最高の思い出になりそうね」
「去年はトロール事件で最低なパーティーだったものね……当日はうんとお洒落しなくちゃ!」

 骸骨舞踏団。若い魔法使いや魔女の間では大人気のパフォーマンス集団だ。不気味な骸骨マスクで顔を隠し全身を黒いローブで覆い隠しているため、性別や年齢は不明らしい。初めて雑誌でその集団を見た時は、映画で見た死喰い人にそっくりだと思った。

 そう言えばルームメイトのハリエット・エイブリーは、グッズを集めるほど好きだって言ってたっけ。私はまだそのパフォーマンスを見たことがないけど、彼女達をそこまで熱中させる骸骨舞踏団にはとても興味がわいた。

 
 ***
 

「それでは、私が操る骸骨達の愉快な踊りをお楽しみください!」

 待ちに待ったハロウィン当日は、光り輝く金の皿やキャンドルの揺らめきがいつもと違うホグワーツの大広間を演出していた。
 生徒達の間に流れた噂は本当だったようで、パーティーはまず骸骨舞踏団の余興で始まりを告げた。杖を持った男――彼だけはマスクをせず素顔を晒している――が現れたかと思うと、自分はこの舞踏団の団長であり唯一の生きた魔法使いであるという自己紹介が始まる。どうやらこのパフォーマンス集団にはかなり細かいところまで設定があるらしく、その立ち居振る舞いは舞台に立つ役者のように大胆だった。ちょっとだけ、ロックハート先生を思い出させる。男が杖を振れば大広間にはたちまちおどろおどろしい曲が流れ始め、フードを被った骸骨達が扉から登場する。そこで生徒達の興奮は一気に高まり、あちこちから歓声がわいた。スリザリンのテーブルではエイブリーが曲に合わせて激しく動くものだから、皿やゴブレットがガタガタ揺れている。

「まったく、あんな骸骨達のどこがいいんだ?」

 音楽に紛れて、ドラコの呆れたような声が聞こえてきた。ほとんどの生徒は骸骨舞踏団のダイナミックなパフォーマンスに拍手や歓声を送っているが、あの演技は彼のお気に召すものではないらしい。ぶすっとした表情で、騒がしく動く骸骨達を睨みつけている。

「そう? 私は格好いいと思うけど」

 それはフォローでも何でもない、素直な感想だった。エイブリーのように熱狂的になることはないけど、チケットが手に入るなら是非観に行きたいと思うほどには関心がある。寸分も狂わずピタリと揃った踊り、ぶつかりそうでぶつからないギリギリを攻めた動線、そして何よりあの団長の杖の振り方。すべてが芸術的で美しい。

「君の感性には響くだろうね。何せ血が同じなんだから」
「どういう意味?」
「あの集団のほとんどは穢れた血だ」

 そう言うと、ドラコはニヤリと笑った。
 なるほど。彼は演技云々よりも、どこかで知った骸骨達の演者に対してあんな表情を浮かべていたのか。パフォーマンスそのもので好き嫌いを語るならまだしも、生まれで判断するなんて本当にバカバカしい。

 骸骨舞踏団のパフォーマンスが終わると、いよいよご馳走タイムだ。ダンブルドア先生の合図が終わると金の皿の上にはお肉やスープやデザートがあらわれ、私の食欲を刺激する。

「いただきます」

 手を合わせてからフォークを取り、まずは大好きなシェパーズパイを口にした。この世界にやってきて色んなイギリス料理を食べたけど、やっぱりこれが一番好きだ。夕食にこれが並んでいると、それだけでテンションが上がる。

 二つ目のシェパーズパイを取り分けていたところで、グリフィンドールのテーブルから歓声が上がった。視線をやると、骸骨舞踏団が再登場し、ハロウィンのお菓子を生徒達に配っている姿が見える。ファンサービスも抜かりなく、と言ったところだろうか。ハッフルパフやレイブンクロー、そしてスリザリンのテーブルにも回ってきたメンバーは、最終的には教員テーブルにまで足を運び不気味な笑い声を響かせながらお菓子をばら撒いていた。ダンブルドア先生は愉快そうに笑い、マクゴナガル先生は困惑し、スネイプ先生は迷惑そうに眉を顰めている。その様子がおかしくて、思わずふっとふきだしてしまった。

 この時間がもっともっと続けばいいのに――そう思っていても楽しい時間は過ぎるのがあっという間で、一時間もすればパーティーは終わりの時を迎えた。あれだけ豪華な料理が盛り付けられていたお皿も、今ではほとんどが空っぽである。

「今年のハロウィン・パーティーは無事に終わって良かったわ!」

 どこからかそんな声が聞こえてきた。美味しい食事を最後まで堪能できて、みんな嬉しそうだ。去年の残念なハロウィンを知っている生徒ならば、その喜びもひとしおだろう。

 けれど今年のハロウィンは去年よりも酷い。

「何の騒ぎだ?」

 異変は、大広間を出てすぐに訪れた。
 グリフィンドール生とレイブンクロー生が階段で立ち往生し、何やら不安げな表情を浮かべているのだ。地下に談話室があるため本来ならこの階段をのぼる必要がないスリザリン生やハッフルパフ生も、この騒ぎはいったい何なのだと『現場』に向かおうとしている。

「どけ」

 この騒動をドラコが見逃すはずもなく、彼は威圧的な態度でそう吐き捨てると人混みを押しどけて前方に進んでいった。私もその後ろをついて行き、駆け足で階段をのぼる。

 三階まで到着すると、生徒達の間に流れる空気はますます異様なものとなっていた。玄関ホールで戸惑っていた生徒達とは違い、ここにいるみんなはしんと静まり返っている。これだけの生徒がいておしゃべりの声がひとつも聞こえてこないなんて、とても不気味だ。

「継承者の敵よ、気をつけよ! 次はお前達の番だぞ、『穢れた血』め!」

 沈黙を破ったのはドラコだった。この場にそぐわぬ嬉々とした声。きっと、先頭に辿り着き現場を目撃したのだろう。ショックで立ちすくむ生徒達を掻き分け、何とか私も最前列に進み出る。


 秘密の部屋は開かれたり
 継承者の敵よ、気をつけよ



 真っ先に目に飛び込んできた文字は、松明に照らされ恐ろしさと気味の悪さを醸し出していた。その下にはフィルチの飼い猫、ミセス・ノリスが松明の腕木に尻尾を絡ませてぶら下がっている。

「っ……」

 目をカッと開いたままピクリとも動かない様子に、私はショックを受けた。
 大丈夫、大丈夫だ。あれは石になっただけで、死んだわけじゃない。ちゃんと元に戻るから。そう言い聞かせて平静を保とうとしたけど、自分より小さな体の動物があんな風に動かなくなるのはやはりつらい。

「なんだ、なんだ? 何事だ?」

 騒ぎを聞きつけたフィルチが人混みを押し分けてやってきた。動かなくなったミセス・ノリスを見た彼は、いったい何が起こったんだと金切り声で叫ぶ。普段は生徒の校則違反を嗅ぎ回り嫌味な態度ばかり見せている人だけど、今回ばかりは同情する。

「お前だな!」

 フィルチは飼い猫の近くにいたハリーを指さした。殺してやる、殺してやると何度も叫び、今にも襲いかかろうとしてる。ダンブルドア先生の到着がもう少し遅かったら、本当にそうなっていたかもしれない。

 ミセス・ノリスを松明の腕木から下ろしたあと、ダンブルドア先生はハリー、ロン、ハーマイオニー、フィルチを連れて行ってしまった。スネイプ先生とマクゴナガル先生、そして自分の部屋を使うよう進言したロックハート先生もその後ろをついて行く。残された生徒は突然のことにしばらく押し黙っていたが、先生達の姿が見えなくなるとその場は一気に騒がしくなった。

「またハリー・ポッターなの?」
「ミセス・ノリスが死んだなんて……」
「いくらポッターでもホグワーツで動物を殺すわけないだろ」
「秘密の部屋ってなあに?」

 あちこちで思い思いの謎を口にし、ああじゃないかこうじゃないかと考えを張り巡らせている。そんな生徒達をまとめるため、各寮の監督生は早く談話室に戻るよう指示を出した。レイブンクロー生とグリフィンドール生は階段をのぼり、ハッフルパフ生とスリザリン生は来た道を引き返し階段を降りていく。みんな指示には従っているが、おしゃべりが止む気配はなかった。

「これでホグワーツも少しはマシになる」

 隣でドラコが嬉しそうに言う。クラッブとゴイルはうんうんと頷き、彼の話を聞いていた。

「秘密の部屋が開かれたということは、グレンジャーのような人間がいなくなるということだ――なあ、オリベ。そうだろう?」
「ドラコってほんっと意地悪だよね」

 ハーマイオニーのような人間とはつまり、マグル生まれのことを言っている。それを同じくマグル生まれの私に言うなんて、お前もいなくなると言っているようなものだ。

「ドラコって2年生になって『穢れた血』を連呼するようになったけど、それって絶対最近覚えた言葉でしょ」
「っ!!」

 どうやら図星だったようで、彼の顔に赤みがさした。ルシウスさんに教えてもらったのか、本で得た知識なのか、どちらにせよ覚えたばかりの言葉を使いたがるなんて小さな子どものようだ。そういうところは可愛いのに、使っている言葉が可愛くない。

「面倒事しか招かない言葉なんだから、あんな風に口にするべきじゃないと思うけど」
「またお得意の未来予知か」
「違うよ。友達としての忠告」

 その思想があるから、マルフォイ家は後々不穏な空気に包まれる。謎のプリンスでのドラコ・マルフォイは精神的に追い込まれていたし、明るい未来が待っているようにも見えなかった。

 結局、血なんて関係ないのだ。どこに生まれたかのではなく、どう生きたか。それが大切だとは思うけど、だからと言ってドラコにしつこく説くつもりはない。私の言葉でドラコの考えを変えられるとは思ってないけど……万が一、億が一、それで未来に変化が出てしまったら、そちらの方が手に負えなくなるのだから。



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